将棋よろず屋の徒然日誌

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<<   作成日時 : 2017/09/13 10:18  

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 今回もよもやま話集である。

 ☆将棋フォーカス
 9月10日の「将棋フォーカス」は高校選手権特集の前半(団体戦)だった。男子団体戦で私が2度登場する。感想は次の通り。
 ・洗面所の鏡では確認しにくいけど、テレビ画面で自らの老けを感じた。
 ・相変わらず声が枯れているな。
 ・ナレーションで「早大本庄の応援に来た」と言われたが、あくまで埼玉新聞の取材です。
 ・山崎先生に名前を言ってもらったのは光栄です。
 ・伊藤かりんさんは「埼玉県は…」と持ち上げてくれたが、小学生名人戦で活躍した子は千葉県代表です。

 ☆奨励会試験
 8月16〜18日の3日間で行われ、埼玉県からは(おそらく)4人が受験、益勢太君(川口小谷場中2年)が合格した。
 益君は将棋を覚えたのが、小学5年生のとき。東浦和こども将棋教室を1年で卒業して、ドラの穴入り。その後も順調に腕を上げ、今回晴れて奨励会員となった。奨励会デビューは9月18日。厳しい世界だが頑張ってほしい。ちなみに師匠は久保利明王将である。
 最終日、将棋会館に2時半ごろまでいた。帰る予定の10分ほど前に、益君が対局場の4階から白紙を持って下りてきた。この白紙に作文を書いて提出する。これを持って下りてこないと敗戦ということになる。ぎりぎりのタイミングである。付き添いで来ていた母上も嬉しそうだった。

 道場のある2階でO君の母上から「先生、ラインお願いします」と言われたのでスマホを丸投げする。登録してもらっているのを横で見ていたら、プロフィール写真に北川景子を使っているのが丸見えだった。上田君の母上から送ってもらった写真で、ちょっとセクシーなものなので恥ずかしい。変更しなくてはとずっと思っているのだが面倒なのでやっていない。
 小島「いやー、お恥ずかしい」。
 こんなこと言わなければ、O君母上しか分からなかったのに。わざわざ事を荒立ててしまったから、O君母上の周りにいた数人の母上たちにも見られてしまった。
 「ファンなんですか」はまだ良かったが、やはり近くにいた女子中学生Tさんに「大丈夫ですよ。黙っていますから」と澄まして言われたのにはしびれた。

 連盟道場に来ていたサロン教室のO君、ドラの穴のM君(ともに小学生)から「きょうはなんで来たんですか」と同じ質問をされた。
 O君には「きょう何がある日なのか知らないんだね」と答えたら分かったようだ。M君から聞かれたのは意外、分かりそうなものだが。「道場に将棋を指しにきたんだけどM君がいたので、びびって帰るところだよ」と答えておいた。

 ☆小池泰彰君
 6日夜に早大将棋部同期のW君からメールがあり、同日にやはり同期の小池泰彰君が亡くなったことを知る。難病を抱えて施設で療養中だったが、5月あたりから病状が悪化していたようだ。

 大学3、4年の頃、私は西武新宿線の新井薬師前駅から徒歩8分ぐらいの所に住んでいた。小池君の実家はそこから歩いて5、6分。実家に隣接したアパート(父親が経営)の一室に小池君はひとり住まいしていた。
 夜に突然お邪魔することが10回ほどあっただろうか。将棋を1、2局指した後、どんな内容かはすっかり忘れてしまったが、いろいろな話をして2時間ほどで帰るというパターンである。
 将棋はレギュラークラスではなかったが、軽いさばきを得意とする筋の良い四間飛車党だった。初めて私が投了した時、会心の笑みを浮かべていたのを思い出す。

 11日に実家近くの東光寺で営まれた告別式に行ってきた。いつの告別式でもそうだが、実際に遺体の前に立つと悲しみが増幅される。ここ1年半ほど見舞いに行けなかったことを後悔した。
 日本酒を葉にしみ込ませて唇に当ててしめらせるという儀式があった。W君も悲しみを堪えている様子。「天国で思い切り好きな酒を飲めよ」と声を掛けてからとも思ったが、言うと思い切り泣いてしまいそうなので断念した。
病との闘いで苦しい半生だったと思う。今は安らかに眠ってください。ご冥福をお祈りいたします。

 ☆新井薬師前駅
 東光寺に行く際に新井薬師前駅で降りた。三十数年ぶりになるだろうか。わざと1時間ほど前に着いて、歩き回った。
 当時住んでいたアパートに行ってみたが、途中で五差路の選択を間違えて遠道を余儀なくされる。アパートは既になく普通の家に変わっていた。大家さん(当時はアパートの前に住んでいた)の表札がかかっていたので、アパート経営をやめたということだろう。
 昔、よく行った店も全てなくなっていた。駅前の喫茶店フジも違う店になっている。焼きサンドのモーニングセットが懐かしい。将棋部の仲間でよく集まったものだ。当時、新井薬師前駅近くには私、小池君以外にも2学年下の後輩が2人住んでいた。
 山田うどんも書店も中華料理店もよくゲームをした喫茶店もない。残っていたのは東亜学園高校だけである。それでも駅の改札口周辺や駅前通りには当時の面影が少しある。昔住んでいた街を散策するのは面白いものだ。新所沢、新大久保、所沢、越谷、世田谷代田にも行ってみたいと思った。

 ☆琥珀
 ラーメン(朝霞)、油そば(新井薬師前)、かき氷(浦和)と並べた。朝霞や新座に行くと、豊田真由子議員のポスターが目立つな。かき氷は「琥珀」という聞き覚えのある品名で、中からコーヒーゼリーが出てくる。
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