高野新四段が誕生

 5日(土)は第57回三段リーグ戦最終日(18、19回戦)が東京・将棋会館で行われ、取材に行った。

 残り2局の時点ではこうなっている(敬称略)。
 ①高野智史 12勝4敗(順位2)②近藤誠也 12勝4敗(同4)③石川泰 12勝4敗(同11)
 ④関矢寛之 11勝5敗(同14)⑤桝田悠介 11勝5敗(同20)⑥西田拓也 11勝5敗(同22)⑦杉本和陽 10勝6敗(同1)

 以上の7人に昇段の可能性がある。西田君と杉本君はともに次点をひとつ持っているので、3位でも昇段(本人が希望すればだが)できる。2位の近藤君と3位の石川君の対戦があるので、高野君(富士見)は1勝すれば昇段が確定する。

 大宮ジャーナルをセンターに、きょうの予定稿(高野君が四段にならなければボツ)を新聞社に、それぞれメールで送ってから10時少し前に家を出る。11時前に千駄ヶ谷へ。途中で深浦先生と会ったので、きょうの話をしながら将棋会館に向かった。

 到着後、3階ロビーで渡部壮大さん(週刊将棋の取材)と話をしていたら、しばらくしてから高野君の初戦の相手である出口君が階段を下りてきた(対局場は4階)。先に下りてくるのは勝者の可能性がかなり高い。勝った方が3階の事務室で○●のはんこを押すからだ。昇段のかかった将棋としては早い終局。出口君は持ち時間90分で1時間を余しての勝利、高野君はぶっとばされた形である。
 しばらくしてから高野君も下りてくる。18回戦で一番早い終局に本人も苦笑いしていた。声を掛けることははばかられ、両手で両肩を揉むポーズをした。リラックスしろと伝えたつもりだ。

 注目の近藤―石川戦は石川君の勝利。関矢君は勝ったが、桝田君、西田君、杉本君は敗れて脱落する。最終戦を前にして順位はこうなった。
 ①石川 13勝4敗(順位11)②高野 12勝5敗(同2)③近藤 12勝5敗(同4)④関矢 12勝5敗(同14)

 昇段争いは7人から4人に絞られた。石川君と高野君が自力。単純確率では石川君が8分の7、高野君が8分の5、近藤君が8分の3、関矢君が8分の1。あまり意味ない数字ではあるが。

 昼食は近くのカレー屋へ。今回で3度目なのだが、前回に続いて場所を間違えて、少し迷走した。どうも、この辺りの地理がよく分かっていないな。日替わりのナスと鶏肉のカレーを食べる。
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 最終戦のそれぞれの相手は次の通り。石川君が谷合君、高野君が都成君、近藤君が黒田君、関矢君が大橋君と評価の高い相手と当たっている。「全員負ける可能性もあるよ」という噂も。

 途中で石川君劣勢、あとの3人もちょっと苦しいかという情報が入る。高野君は17回戦で黒川君に敗れて、昇段を逃している。3局連続で昇段の一番を負けて昇段を逃したら、これはつらいなと思う。

 まず関矢君が敗れた。プレッシャーをかけるといって高野君の横の席に着いたそうだが…。これで昇段と次点は上位3人から出ることが決まった。

 甲斐君が下りてきた。実力に全く見合わない成績だったことは本人も分かっていることだろう。「3期前は星野四段、2期前は黒沢四段、今回は高野君で、次は君の番だからな」と発破をかけておいた。

 自力のない近藤君が勝利を決める。これでキャンセル待ちになった。ただ、感想戦が長く、押印は遅れた。

 しばらくしてから石川君の相手である谷合君がはんこを押しにきた。ロビーに出ると、ソファーで頭を抱える石川君の姿が。つらくて見ていられない。石川君の敗戦により、近藤君の昇段が決まった。

 高野―都成戦は約4時間に及んだ。少し前から高野君優勢の情報は入っている。モニター(対局姿は見られるが、盤はよく見えない)の様子(姿勢、時間の使い方、手付き)でも勝ちそうな雰囲気ではある。
そして6時少し前、歓喜の瞬間がやってきた。都成君の首が前に折れ、対局時計を止める。高野君は連敗という最悪の展開だったが、最終局で熱戦を制して、棋士の座を見事に勝ち取った。最終結果は高野君、近藤君が13勝5敗で1、2位となり四段昇段。石川君は同じく13勝5敗で頭ハネ、次点となった。

 短い感想戦の後、事務室に下りてきて勝利の押印である。顔を見たら自分は泣いてしまうのではないかと思ったりしたが、意外にそんなことはなかった。最後に挨拶して帰っていく石川君を見たときの方が涙腺は危なかった。高野君をはじめとして周りの評価は高いようなので、気を取り直して来季頑張ってほしい。
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 高野君が自宅に昇段報告の電話をしたのを見てから、私もすぐに電話させてもらった。高野君の電話はかなり事務的なものだったので、きょうの戦いぶりを報告する。父上も本当に嬉しそうだった。

 打ち上げは連盟近くの中華料理屋。妻とともに参加させてもらった。高野君の師匠である木村一基先生も昇段を知り、自宅から駆け付けてこられた。木村先生にとって高野君は一番弟子となる。嬉しそうな木村先生の顔を見て、こちらも幸せな気分になった。
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 高野君は平成16年4月3日に行われた第1回のドラの穴教室(13人参加)に出席している。小学5年になったばかりで二段ぐらいだったか。創設期は約20人ぐらいが参加していたが、真ん中ぐらいの実力で決して特別有望という存在ではなかった。
 そこから着実に腕を上げていった。私と2枚落で指していたが、ふと気付くと県連大会に出て、元県代表の強豪を破ったりするようになっていた。今でも詰将棋難問集(好形の難問を集めてくる)を出しているが、これをつくろうと思ったのは高野君にと思ったのが動機である。1回だけ解いているのかどうか確認したが、ちゃんとやっていたようである。

 小学6年の6月には小学生王将戦県大会で青木君を破って代表になった。同期の青木君はその年の4月に小学生準名人になっている。番狂わせだったが、勝つ可能性があるぐらいまでには近づいていた。
 全国大会では関矢君に敗れるなどで3勝2敗。当時の実力からすればこんなものだったろう。

 中学に進み、さらにグレードアップ。アマ王将戦北関東大会の予選で小牧毅さんに勝利、本戦で再び対戦して敗れたが、かなりの善戦だった。このあたりで、プロへの道を進んでも大丈夫かなと思ったものだ。
 その後、研修会を猛スピードで駆け抜けて平成19年4月に奨励会入りを果たしている。奨励会入会後も6級の際に1回Bに落ちたが、その後は順調に昇級、昇段を重ねて平成21年12月には二段になっている。先を行っていた同学年のエリート奨励会員たちにも追いついた。

 ところが二段になって苦しんだ。6級から二段までの7回の昇級、昇段は2年8カ月だったが、三段になるまで3年9カ月がかかった。もしかして駄目かもと私も思ったりしたが、じっくり腕を磨いていた。
 三段リーグに入り、ためていた力を発揮するときがやってきた。1期目から昇段争いに加わり、10勝、11勝、12勝と着実に成績を上げて、今回13勝で棋士の仲間入りを果たしている。

 打ち上げには同学年の八代五段、三枚堂四段も顔を出してくれた。高野君の学年は小学生時代からレベルが高いと言われていた。棋士になったのは2人以外に斎藤六段、高見五段で高野君が5人目になる。ちなみにアマ竜王戦で決勝を争った吉本君と渡辺君、アマ名人に就いた小山君も同期である。

 というわけで、ドラの穴創設から11年5カ月で初めての棋士が誕生しました。やったね! 9月23日(祝)のドラ(浦和コミセン)は高野新四段祝賀大会(本人も来ます)と変更します。普段より賞品を少しだけグレードアップするので、ぜひ皆さん参加して、祝福してやってください。

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