将棋道場遍歴⑨その他編(渋谷・八王子)
道場遍歴第9弾はその他編。たくさん行ったところではないが、印象に残ったものを取り上げる。
観戦記の仕事があるにもかかわらず、こちらの方を先に書いてしまった。試験の前になると、つい本を読んでしまうことがあったが、現実逃避の悪癖は今も変わらない。観戦記の仕事に専念したいので、前日書いた分をきょうとあすに分けて更新したい。
「渋谷将棋センター」
社会人3年目ぐらいだったろうか。世田谷代田に住んでいたので新代田駅まで歩き、井の頭線で渋谷は一本と便利だった。
同センターの席主は東京アマチュア将棋連盟初代理事長の北山和佑さん。元奨励会員の北山さんとは学生時代に将棋酒場「リスボン」で対局しており、知り合いである。
行ってみると北山さんは不在だった。五段と申告して、カードで対局する。若手強豪(私も20代と若かったが)に完敗する。2局目を指す前に北山さんが戻ってきた。
北山「あれ、小島君来てくれたんだ。嬉しいね。五段だって、そりゃおかしい。うちでは六段でやってもらわなくては」。
かくして0勝1敗の成績で六段昇段と相成った。
その後は普通の道場通いではなく、局面指定戦(四間飛車対5筋位取りで相手は北山さんだった)や東将連の打ち合わせなどで行っている。広くて、駅からも近く、良い道場だったが…。
「八王子将棋クラブ」
2度行ったことがあるが、両方ともゲストだった気がする。1度目は田尻隆司さんと私の2人で指導に行った。普通招待されるのは棋士なんだが、席主の八木下征男さん(長い間、お疲れさまでした)は2人を選んでくれた。3人で飲みたかったのかもしれない。
既にグランドチャンピオンになっていたが、田尻さんはアマ名人・竜王で歴代アマ名人戦優勝と輝かしい戦歴を持っている。私は全国トップクラスの中の下の方だったかもしれないが、田尻さんはアマトップのひとりといえた。「私はおまけだな」と少し感じていた。
指導を受けるのは子どもがやはり多い。私と田尻さんの相手がちょうど同じタイミングで終わった。並んでいた2人の子どもがどちらに入るのかなと見ていると、いきなりじゃんけんを始めるではないか。ぼーと見ていると、勝った子は嬉しそうに田尻さんの前に、負けた子は渋々と私の前に座った。
感じてはいたけど、露骨に態度に出されると断然不愉快である。小学生(中学生だったかもしれない)に怒れないのでポーカーフェースだったが、内心では「この将棋は絶対に負けられない」とめらめら煮えたぎっていた。2面指しだが、片方は10%(申し訳ない)、この対局に90%ぐらいの精力を傾ける。それでも結構強いので楽勝ではなかったがどうにか勝つことができた。こんなに絶対勝ってやろうと思った指導は後にも先にもない。なお、対局した子の名前はまだ覚えている。ただ、もちろんもう怒っていない。
これが私の3大不愉快じゃんけんの二つ目である。以前に下北沢の飲み屋での件は書いている。もうひとつはブログでは書きにくいので、興味がある人は酒席(いつになるか分からないけど)で聞いてみてください。
2度目に行ったのは平成2年2月上旬で羽生善治竜王(当時)が来られていた。言わずもがなだが、羽生先生は同クラブ出身である。どういうイベントでなぜ行ったかは全く忘れた。ただ、大盤を使って直前の森内俊之戦(平成2年2月1日・第8回全日本プロトーナメント)を解説されたのは覚えている。
写真は昨年9月の教室対抗戦の後に食べたステーキ&うに。
観戦記の仕事があるにもかかわらず、こちらの方を先に書いてしまった。試験の前になると、つい本を読んでしまうことがあったが、現実逃避の悪癖は今も変わらない。観戦記の仕事に専念したいので、前日書いた分をきょうとあすに分けて更新したい。
「渋谷将棋センター」
社会人3年目ぐらいだったろうか。世田谷代田に住んでいたので新代田駅まで歩き、井の頭線で渋谷は一本と便利だった。
同センターの席主は東京アマチュア将棋連盟初代理事長の北山和佑さん。元奨励会員の北山さんとは学生時代に将棋酒場「リスボン」で対局しており、知り合いである。
行ってみると北山さんは不在だった。五段と申告して、カードで対局する。若手強豪(私も20代と若かったが)に完敗する。2局目を指す前に北山さんが戻ってきた。
北山「あれ、小島君来てくれたんだ。嬉しいね。五段だって、そりゃおかしい。うちでは六段でやってもらわなくては」。
かくして0勝1敗の成績で六段昇段と相成った。
その後は普通の道場通いではなく、局面指定戦(四間飛車対5筋位取りで相手は北山さんだった)や東将連の打ち合わせなどで行っている。広くて、駅からも近く、良い道場だったが…。
「八王子将棋クラブ」
2度行ったことがあるが、両方ともゲストだった気がする。1度目は田尻隆司さんと私の2人で指導に行った。普通招待されるのは棋士なんだが、席主の八木下征男さん(長い間、お疲れさまでした)は2人を選んでくれた。3人で飲みたかったのかもしれない。
既にグランドチャンピオンになっていたが、田尻さんはアマ名人・竜王で歴代アマ名人戦優勝と輝かしい戦歴を持っている。私は全国トップクラスの中の下の方だったかもしれないが、田尻さんはアマトップのひとりといえた。「私はおまけだな」と少し感じていた。
指導を受けるのは子どもがやはり多い。私と田尻さんの相手がちょうど同じタイミングで終わった。並んでいた2人の子どもがどちらに入るのかなと見ていると、いきなりじゃんけんを始めるではないか。ぼーと見ていると、勝った子は嬉しそうに田尻さんの前に、負けた子は渋々と私の前に座った。
感じてはいたけど、露骨に態度に出されると断然不愉快である。小学生(中学生だったかもしれない)に怒れないのでポーカーフェースだったが、内心では「この将棋は絶対に負けられない」とめらめら煮えたぎっていた。2面指しだが、片方は10%(申し訳ない)、この対局に90%ぐらいの精力を傾ける。それでも結構強いので楽勝ではなかったがどうにか勝つことができた。こんなに絶対勝ってやろうと思った指導は後にも先にもない。なお、対局した子の名前はまだ覚えている。ただ、もちろんもう怒っていない。
これが私の3大不愉快じゃんけんの二つ目である。以前に下北沢の飲み屋での件は書いている。もうひとつはブログでは書きにくいので、興味がある人は酒席(いつになるか分からないけど)で聞いてみてください。
2度目に行ったのは平成2年2月上旬で羽生善治竜王(当時)が来られていた。言わずもがなだが、羽生先生は同クラブ出身である。どういうイベントでなぜ行ったかは全く忘れた。ただ、大盤を使って直前の森内俊之戦(平成2年2月1日・第8回全日本プロトーナメント)を解説されたのは覚えている。
写真は昨年9月の教室対抗戦の後に食べたステーキ&うに。