ドラへの道⑬高校1年生・前編

 高校受験はせず、高槻高校へそのまま進学した。今も昔も高校入試を行わない完全中高一貫校であるが、入試をやっていた時期もあったようだ。平成29年からは男女共学校となっている。45年前にやってほしかった。

 7月前半、第28回アマ名人戦京都府予選に参加した。この頃は完全に四間飛車穴熊党になっている。戦法を絞ってからは勝率がさらに良くなっていた。
 2回戦か3回戦か忘れたが、小学校時代のH君(近所の子ではなく塾のスーパースター)と対戦した。H君は順調に洛星高校に進んでいる。当時、洛星中・高将棋部は全員でレベルアップしていた。中学の時に書き忘れたが、京滋団体戦で洛星中のメンバーに敗れてもいる。腕力では抜けていたが、序中盤の甘さを突かれた。
 H君にもちょっと苦戦したが、勝利を収めている。その後は快勝が続き、2回目の2日目進出を果たした。

 2日目の1局目は京大のGさんだった。リーグ戦で上の方で出る選手ではなかったとようだが、レギュラーだったと思われる。厳しい相手だが、絶対勝ちたいと思って臨んだ。しかし、対局開始時間が過ぎてもGさんは現れず、不戦勝となった。

 2局目は70歳の山本留吉さん。昨年の代表選手なので、普通に考えれば勝てない相手のはずだが、16歳の小島君は「おじいさんやから、しっかり指したら勝てるんやない」と思っている。何たる不遜。山本さんを応援したくなるが、16歳の圧勝だった。ついに8強入りである。

 準々決勝は一昨年代表の菊岡隆夫さんである。菊岡さんは23歳の京都産大生だった。山本戦とは全く異なり、日焼けしたイケメン青年を相手に「こりゃ勝てるわけない。でも頑張ろう」と思っている。今度は小島君を応援したくなる。
 8強ともなれば4対局だけ。先週の1回戦は250対局だったから、勝ち進んできたんだなと実感する。こういう思いはこの後も何回かあるが、この時が初めてだった。
 私の四間飛車穴熊に対して菊岡さんはやや変則的な位取り戦法である。思い切り良く仕掛けて、ばりばりと攻めた。感想戦で分かるのだが、菊岡さんは細かいところまでしっかり読んでおられ、棋力は明らかに上である。私は技術もなく、ただ、がむしゃらに駒を進めるだけである。ノープレッシャーの勢いに菊岡さんは少し戸惑ったようで、最終盤では私の勝ち筋になってきた。
 際どい終盤戦。敵玉に詰みがあるかどうか読み切れなかった。30秒将棋となっていた私は時間稼ぎの▲7九歩を着手(写真)。△7九同飛成の一手に▲5九歩と打って、もう一度時間を稼ごうと思っていた。当時としては結構したたかな16歳である。
菊岡図.jpg
 ここから菊岡さんは△2九金▲同玉△7九飛成と王手で迫ってくる。△7九同飛成の一手と思って敵玉の詰みを必死に読んでいた私は動揺したが、際どく自玉に詰みはなかった。菊岡さんは自分の玉に詰みがあると思ったので、歩打ちに対してこれ幸いと詰ましにきたのだ。△7九同飛成、△5九同竜とノータイムで指されていたら、私はおそらく詰みを逃しただろう。詰みはすごく難解というわけではないが、はじめの3手が難しく、秒読みの中で読めていなかった。また▲5九歩の局面で△2九金なら竜が本譜より近いので詰んでいた。菊岡さんはツキがなかったとしかいいようがない。
 前年代表に続いて前々年代表にも勝ってしまった。まさかの連続でついに4強入りである。代表は2枠なので代表決定戦進出となった。

 代表決定戦の相手は立命館大学の山口義明さんだった。あとで知ったのだが、山口さんは木村義徳先生(京都・嵐山在住)の奥様の弟である。大学卒業後、関西で観戦記者をされていた。
 私の四間飛車穴熊に山口さんは右四間・居飛車穴熊を採用している。居飛車穴熊は名人戦の大山-升田戦、棋聖戦の大山-中原戦で見たことはあったが、右四間との併用は初めて見た。棋力不足、経験不足、戸惑いからくる気合不足もあり、完敗となった。ツキもここまで。しかし、この快進撃は大いに自信となった。

 結局、この年の京都代表は花園稔さん(前年優勝による全国シード)、山口さん、折立富美男さん(支部対抗戦決勝で当たった相手のエース)となる。3人とも全国大会では予選を突破したが、上位には入れなかった。西沢章さん(山形)が初優勝している。

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