8人増の初級者教室

 27日(木)の夜、録画しておいたNHK杯2回戦の屋敷伸之九段-山本博志四段戦(23日放映分)を観戦する。普段から初級者教室にNHK杯戦は流しているのだが、ほとんど見ることはない。  当日、早めに来たお客さんから「簡単な詰みを逃しちゃったよ」と声が聞こえてきたので、見にいく。敗着の△7五馬が指された直後の局面で山本四段が頭を抱えていた…

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ドラへの道㊱大学2年生編・その9

 大学2年時、麻雀は週に2回(部室へ行った後)ほどやっていたが、酒を飲むことはほとんどない。暇な時に何をしていたかというとゲームをやっていた。今のようにポータブルなものはなく、ゲームセンターに行ったり、喫茶店のテーブルに組み込まれたものをやっていた。大学2年ごろは後者が多かったかもしれない。  1年時は「ブロックくずし」ばかりやってい…

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無念の中止

 24日(月)は通し番。開店前に来年1月11日の倉敷市で予定されていた小学生倉敷王将戦の中止の連絡が入った。そうなるのではと心配していたが…。残念というしかない。  10月4日にカルタスホールで県予選をやる予定だったが、これを中止ではなく県大会に切り替える。全国大会の代表権を争う予選ではなくなったが、大会としては実施したい。この大会を…

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ドラへの道㉟大学2年生編・その8

 大学時代の夏のイベントといえば、アマ名人戦、東日本学生大会、夏季合宿(全て毎年参加したわけではないが)である。しかし、2年の夏・春の合宿はほとんど記憶がない。開催地はともに富士セミナー(たぶん富士吉田市)というペンションのような所だった。  合宿3大棋戦(最強者戦、早指し王位戦、王将戦)で3冠王になったことはなかったので、間違いなく…

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千日手2題

 20日(木)は通し番。王位戦第4局が終了、木村先生は残念ながら失冠である。やはり第2局が痛かった。次の機会に期待しています。  21日(金)は金曜教室を行った。今回も8人。再開後、7~10人で安定している。レギュラーが7人いて、あと何人かが交代で来る感じだ。  A君とB君が同じ形で千日手4回。「違う手を指すと負けてしまう」と分…

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ドラへの道㉞大学2年生編・その7

 第32回アマ名人戦の埼玉県西部地区予選は狭山市の入曽駅近くの公共施設(おそらく入曽公民館)で行われた。入曽駅は私の最寄り駅である新所沢駅から下りでひと駅なので、楽だった。いろいろと大会の場所が変わるのは面倒だが、いろんな所に行けて楽しい面もある。  当時の西部のレベルは高かったが、同じ組に強豪はいなかったようで順当に勝ち抜いた。2日…

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紺野さん

 書き忘れを一つ記しておく。第19回小学生倉敷王将戦と第5回免状獲得戦を埼玉県連HPの「大会案内」で10日からアップしている。ともに会場はカルタスホール。  前者は10月4日に行う。今回はA級(高学年)、低学年、B級の3クラスのみの開催となる。密を避けての処置でご理解願いたい。申し込み期間があるのでご注意願います。3クラス合計48…

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ドラへの道㉝大学2年生編・その6

 第4回東日本学生大会は昭和53年8月1~3日に仙台市民会館で行われた。今の東日本大会の出場規定は知らないが当時はこうなっていた。春季リーグ戦を制した大学が関東Aチーム(この年は中大)、選抜されたメンバーが関東Bチーム、常任幹事が集まった関東Cチームが団体戦に出場する。個人戦はその中から何人かが出場するが、選抜メンバーは全員出られた気が…

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手合割の変更

 14日(金)の朝、前日夜に入っていたラインを見て、母の弟が昼に亡くなっていたことを知る。母の誕生日(6日)に電話した際、叔父さんのことを話していたばかりなので驚いた。  享年89。体が丈夫ではなかったので、天寿を全うされたかと思う。夜に叔父の長男と話をしたが、急に体の不調が発覚して、家族からしても突然の出来事だったそうだ。心からご冥…

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ドラへの道㉜大学2年生編・その5

 春季の関東学生大会で個人戦ベスト16、リーグ戦6勝1敗という結果を残した私は学生名人戦の切符を無事に獲得した。現在は個人戦8強以上が確定、16強で負けた8人が残りの椅子をトーナメントで争う方式となっている。前にも書いたが、これが最善の方法と思う。  当時の選出方法は個人戦を重視するがリーグ戦の結果も加味する。この時の代表選手は4強以…

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2時間半で19局

 8日(土)のドラ与野研は11人参加。寂しい数字で与野研の在り方を再考するべきときかもしれない。菅原兄弟がともに4勝1敗で1位を分け合っている。  名人戦第5局は渡辺二冠が勝って、名人奪取に王手をかけた。豊島名人、疲労があるのではないだろうか。対局数の多い渡辺二冠、永瀬二冠、藤井棋聖と比べると体力がなさそうにみえるのが心配だ。 …

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ドラへの道㉛大学2年生編・その4

 A級陥落。早大将棋部史上で2度目の屈辱である。何年ぶりだったかは忘れてしまった。二十数年ぶりかと思う。  数日後、部室とは別の教室を借りて緊急会議が行われた。もちろん降級に関しての反省会である。後にも先にもこういう会議はなかった。  何を話して、どういうことになったかなどは全く覚えていない。記憶しているのは先輩のXさんが「将棋…

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花とはな

 4日(火)はオフ。本当に久しぶりにカラオケボックスへ。2人なので密ではない。店も空いていたし、消毒もしっかり行われていた。  2時間ほど歌って帰る。「ドルチェ・アンド・ガッバーナ♪」のメロディーが耳にこびりつく。ちなみに私はバーバリー(頂き物)とブルガリ(バリ島で買った)のコロンを持っているが、年に1度ぐらいしか使わないので、死ぬま…

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ドラへの道㉚大学2年生編・その3

 関東春季リーグ戦は5月7、14、21日に東洋大学白山校舎で行われている。1回戦は入部以来2度目の早慶戦だった。  慶応は2年前の高校選手権男子団体戦を制した慶応義塾高校のメンバー3人(柏原、村松、長谷川)が主力。私は1年の長谷川君と対戦して勝利を収めた。長谷川君はこのリーグ戦以降、姿を見なくなった気がする。センスある将棋だったのでち…

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ドラへの道㉙大学2年生編・その2

 当時の早大将棋部の部室は現在の部室(1度しか行ったことがないが)よりやや広めだったが、20人も入れば満員になる。暑苦しい中で指したのも今では良い思い出である。  対局は部内リーグ戦が中心で、あとは練習将棋となる。リーグ戦は真面目な戦いとなるが、それ以外は人にもよるが、ちょっと真剣味は少なかった。  入部当初、「パンツ!」「パンチョ…

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大内君が来席

 7月31日(金)夕方から金曜教室を行った。今回は通常の時間通りだったが、8月7日と14日は午後3時開始とするので、ご注意を。参加数は前回と同じで8人。夏休みから新人の参加を願っています。早めに来ても教室の会費(1000円)で普通の対局(トーナメント含む)も指せます。  途中で佐藤信太郎君の件を話す。知らなかったS君はちょっと悲しそう…

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ドラへの道㉘大学2年生編・その1

 昭和53年4月4日の夜、私は後楽園球場(現東京ドーム)の外野席にいた。巨人戦ではなく、ファンだったキャンディーズのファイナルコンサートに出掛けている。「普通の女の子に戻りたい」という迷セリフを残して引退した彼女らの最後のイベントにぜひ行きたかった。私としては珍しく面倒な作業(大したことはないけど)を踏んでチケットを入手している。  …

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