ドラへの道⑲高校3年生・後編

 前年に創設された将棋同好会だが、後輩たちが入部して若干活動が充実してきた。中心となったのは高校2年の2人だったが、彼らがどれぐらいの棋力だったかは全く忘れている。  中井順一君という同期がいた。同学年の中で私を除けば一番強かった。ほかのメンバーは二枚落以下と思うが、彼だけは角落ちか飛車落ちぐらいだったはずだ。もっとも高3になってから…

続きを読むread more

翔んで埼玉

 今回もよもやま話となる。最近は「ドラへの道」と1回交代になっている。  ☆竜王ドリーム  6日、第33期竜王戦の決勝トーナメントが開幕。初戦は高野智史五段(6組優勝)-梶浦宏孝六段(5組優勝)で梶浦六段が快勝している。 高野五段の竜王ドリームは泡となって消えた。あと11勝してくれれば良かったのに。過去の対戦成績では3勝1敗と…

続きを読むread more

ドラへの道⑱高校3年生・前編

 ドラへの道⑰の最後に書いた京滋団体戦が高校生活最後の大会となった。大会終了後、大学受験に専念という態勢に入っている。  高校3年になる前に自分から将棋の一時引退は言い出した。どうせ母からそう言われるのが分かっていたので、「将棋は受験が終わるまでやめる。ただ、詰将棋パラダイスだけは買い続けさせて」と切り出した。本当は詰将棋もやめて…

続きを読むread more

表紙の棋士

 今回もよもやま話となる。それにしても雨が多いな。「雨は深夜に」といってあるのに守ってくれない。  ☆アマ王将戦中止  草津旅行中に将棋連盟から連絡が入り、第37期アマチュア王将位大会は正式に中止となった。これで2020年に行われるアマの大きな大会はほぼ全面的に中止および延期、開催されるのは小学生名人戦(7月19日に東日本大会、…

続きを読むread more

ドラへの道⑰高校2年生・後編

 昭和50年の6月だったか。高校選手権大阪府予選に参加した。会場などは全く忘れている。「将棋まつり」的イベントだったような気がする。坪内利幸先生ら棋士が何人かおられたことは記憶している。  トーナメントの早い段階で敗れた。会場で名田兄弟が有名という情報が入る中、兄の名田満さんに完敗している。弟はまだ中学生(奨励会員になる)なので大会に…

続きを読むread more

南浦和将棋クラブが閉店

 今回もよもやま話となる。  ☆王位戦  7番勝負第1局が1、2日に愛知県豊橋市で行われた。しのぐか、攻め切るか、ぎりぎりの戦いだったが、藤井七段の終盤は正確だったようだ。第2局は先手番になるので木村先生の巻き返しに期待したい。第2局は7月13、14日に札幌市で行われる。  ☆南浦和将棋クラブが閉店  浦和将棋クラブは数…

続きを読むread more

ドラへの道⑯高校2年生・前編

 昭和50年になった。4月、S塾(学習塾)へ行ったところ、高槻高のK君がノートを見ていた。横から覗き込むと詩が書かれている。  「あなたにさよならって言えるのは今日だけ―」  気障なこと書いてるなと思ったが、これは私が流行曲を知らなかっただけ。「風」(男性フォークデュオ)の「22才の別れ」である。元かぐや姫の伊勢正三の作品でイルカ(…

続きを読むread more

連続更新記録ストップ

 6月30日はブログをお休みした。6月は皆勤賞かと思っていたが、最後で旅行を入れてしまうことに。連続更新記録も33日でストップした。おそらくこの自己記録はもう破れないと思う。  29日、朝にブログを更新してからサロンを出発。2泊3日で草津温泉に行ってきた。何度も書いているが、ホテルは妻が会員になっているので格安で泊まれる。  ホ…

続きを読むread more

ドラへの道⑮高校1年生・後編

 高校1年の途中から四条大宮にあるS塾という学習塾に通うようになった。全体で60人ぐらいだったか。高槻高校の京都在住者が10人近く在籍していた。Sさんという塾長にカリスマ性があり、私は学校より塾に行くのが楽しみになっている。  秋ごろ、塾で小学校から高校まで同じI君から「小島知ってる? 池上がテレビに出てんの」と声を掛けられた。話を聞…

続きを読むread more

ネガティブ発言

今回もよもやま話。  ・金曜教室  26日の金曜教室は前回と同じく8人が参加。久しぶりにT君とS君が来てくれた。S君は7月に新潟市に引っ越すとのこと。残念。新潟でも将棋を続けてくれれば嬉しい。  ・ドラの穴  今回は与野研を抜いたB・C級の集まり。参加はB級8人、C級10人の計18人だった。密にはならないのでそういう意…

続きを読むread more

ドラへの道⑭高校1年生・中編

 アマ名人戦府予選で奇跡の4強に入った1週間後、第10回高校選手権京都府予選に出場する。自他ともに認める大本命と思っていた。 依然としてお粗末な序中盤だったが、前ほどひどくはなくなっている。相手も序盤巧者は少なく、順当に勝ち進んでいく。  準決勝で同じ1年のM君(桂高)と対戦。全然知らない相手だったが結構力強い。準々決勝までははっき…

続きを読むread more

シフト変更

 梅雨時だから雨は仕方ないが、今年はちょっと多い気がする。錯覚かな。今回もよもやま集である。  ☆忙しい4棋士  25日は好カードが多かった。名人戦第3局初日の豊島将之名人-渡辺明三冠戦、竜王戦本戦入りを懸けての永瀬拓矢二冠―佐藤康光九段戦、B級2組順位戦の佐々木勇気七段―藤井聡太七段戦。豊島、渡辺、永瀬、藤井の4棋士は本当に忙…

続きを読むread more

ドラへの道⑬高校1年生・前編

 高校受験はせず、高槻高校へそのまま進学した。今も昔も高校入試を行わない完全中高一貫校であるが、入試をやっていた時期もあったようだ。平成29年からは男女共学校となっている。45年前にやってほしかった。  7月前半、第28回アマ名人戦京都府予選に参加した。この頃は完全に四間飛車穴熊党になっている。戦法を絞ってからは勝率がさらに良くな…

続きを読むread more

ドラ日曜会など

 ようやく普通の生活が戻ってきた。大して忙しいわけではないのだが、日ごろの怠慢体質が出てきて自転車操業になっている。今回はよもやま話。  ☆王位戦  昨日、挑戦者決定戦が行われ、藤井聡太七段が永瀬拓矢二冠を破って、木村一基王位(昨日47歳になられた)への挑戦権を獲得した。7番勝負第1局は7月1、2日に愛知県豊橋市で行われる。 …

続きを読むread more

ドラへの道⑫中学3年生・後編

 中学3年の秋、加納信義さんがまとめ役になって若手の研究会が発足した。加納さんは私が初めて大会参加した時に惨敗を喫した人である。同じ南口教室の一員(加納さんはたまにしか参加していない)で、教室で会った際に話がまとまった。  南口教室が日曜開催だったので土曜日、冬休み、春休みに集まった。メンバーは支部対抗戦で優勝した際のメンバーであるS…

続きを読むread more

ドラへの道⑪中学3年生・前編

 正確な時期は忘れたが、八木信蔵五段に南口教室で何回か教わった。八木さんはこの時から15~20年ほど前にアマ名人戦京都府代表となっている。70歳近いベテランで全盛期の力はなかったはずだが、さすがに私よりは上だった。香落ちで負け越した気がする。  教室の人たちに「私が代表になった時は苦しい将棋がいくつかありました。優勝(代表)する時は悪…

続きを読むread more

道場いろいろ

 雨が多くて面倒である。暑い日もあれば、結構涼しい日もある。こういう揺さぶりに弱いのだ。ともかく早く梅雨が明けてほしい。それはそれで真夏の登場になるのだが…。今回はいろいろ。  ☆タイトル戦  名人戦(豊島-渡辺)は1勝1敗となっている。第2局は豊島名人があっさり押し切るかと思わせたが、逆転、再逆転していたようだ。将棋はやっぱり…

続きを読むread more

ドラへの道⑩中学2年生・後編

 昭和48年3月、京都アマ王将戦に参加した。1回戦は順当に勝ったが2回戦で中江学雄五段と当たっている。当時の京都アマ棋界の番付をつくってみた。あくまで個人的なものである。 【横綱】花園 稔六段(昭和37年度アマ名人)     松井耕次郎六段(昭和45年度アマ名人 【大関】中江学雄五段(昭和41年度西日本アマ準名人)     大西…

続きを読むread more

ドラへの道⑨中学2年生・中編

 想定より長くなったので中編とする。  昭和47年は将棋界にとって変革の年だった。6月に中原誠新名人が誕生している。大山時代から中原時代へと移行していく。  新名人誕生の5日後、中央大学1年の黒川紀夫さん(浦和高OB)が学生名人を獲得。今でこそ何人かいるが初の1年生名人だった。そもそも学生名人戦参加の32人で1年生はひとりだけ。…

続きを読むread more

ドラへの道⑧中学2年生・前編

 昭和47年になり、急成長とはいわないまでも順調にステップアップしていた。教室内のリーグ戦でも好成績が続き、二段昇段を決めている。当時は現代よりも段位が辛かったので、サロンなら平均的な四段というところだろう。ただ、序中盤はほとんど知識がなく、終盤力(大したことないのだが)に頼る将棋で安定性には欠けた。  夏のアマ名人戦は3回戦の壁…

続きを読むread more