ドラへの道⑨中学2年生・中編

 想定より長くなったので中編とする。

 昭和47年は将棋界にとって変革の年だった。6月に中原誠新名人が誕生している。大山時代から中原時代へと移行していく。
 新名人誕生の5日後、中央大学1年の黒川紀夫さん(浦和高OB)が学生名人を獲得。今でこそ何人かいるが初の1年生名人だった。そもそも学生名人戦参加の32人で1年生はひとりだけ。当時はまだ学年の差が大きかった。その時の準名人Tさんは私が早大に入学した時、まだ在籍されていた。これには驚いたものだ。
 黒川さんは冬の学生十傑戦(王将戦)も制した。さわやかな攻め将棋が新鮮で印象に残っている。

 9月のアマ名人戦は遠藤登喜男さん(岐阜)が初出場で初優勝を飾っている。23歳で当時としては若いアマ名人である。準優勝は今でもおなじみの高橋治雄さん(東京)だった。京都代表は花園稔さんと菊岡隆夫さん。昭和37年度アマ名人の花園さんは高橋さんに準決勝で敗れて3位に終わった。大学生の菊岡さんは高校生編で登場する。

 昭和48年に入り、2月の支部対抗戦に出場した。この話は以前に書いたが、だいぶ前なのであらためて記したい。この大会はご存知の通り、3人1組の団体戦である。
 私は南口教室支部Cチームの一員となった。メンバーはSさん(20歳ぐらい)、Kさん(70歳ぐらい)。若手+大ベテランの異質な顔触れとなっている。3人とも教室では二段だった。Bチームは三段中心のメンバーだったが、力はわれわれが上ではないかとこっそり思っていた。Aチームは優勝を狙った四段チーム。特に大将の折立富美男さん(現京都府連副会長)は翌年夏のアマ名人戦で代表になっている実力者である。この3人は教室には来ておらず、支部に入っているだけである。
 Sさんは私以上に序中盤を知らないが、すごい終盤力を持っていた。今見るとどうか分からないが当時は迫力満点である。私と教室で対局すると、40分で対局が終わった後、2時間ぐらい感想戦をやった。「これで勝ちだろう」「いやいや、こっちがいいでしょ」と言い合う感じで何回も勝負が続く。感想戦というよりはエンドレスの延長戦というのが正しいか。

 大会はCチームが快進撃を続けた。予選リーグ、準々決勝、準決勝の5試合をほとんど2-1勝ちである。私とSさんが4勝1敗。Kさんが3勝2敗。若手2人のどちらかが負けた時にKさんが勝ってくれた。まさかの決勝進出で、全く想定していなかった。
 決勝の相手は順当に南口教室Aだった。さて決勝というところで、時間オーバーとなる。南口先生の裁定により、日をあらためて決勝を行うことになった。

 決勝戦の対局場所は忘れたが小料理屋のようなところだった。対局開始は夕方から、これはもう終わったら宴会(Aチームの優勝祝い)をやりますよという話である。もっとも当時はそんなことには気付いていない。おかしな時間にやるんだなという感じだった。
 個室に立派な5寸盤を3面並べて対局である。組み合わせは次の通りとなった。副将と三将は逆だったかもしれない。
 大将戦 折立さん(A)-Sさん(C)
 副将戦 Nさん(A)-Kさん(C)
 三将戦 Xさん(A)-小島(C)

 私の相手Xさんは50~60歳ぐらいの方。過去に1勝1敗だったが、それから3カ月ほどたっている。今はベストを尽くせば勝てると思って臨んだ。副将戦の相手のNさん(たぶん35~40歳ぐらい)は折立さんほどではないが、実力者であり、ここは苦しい対戦だ。大将戦もSさんに一発はあるとはいえ、苦戦は免れない。こちらが勝つ確率は大将戦から15%、10%、55%というところか。
 中盤が終わったころ、私は明らかに優勢、Kさんは劣勢、Sさんはやや有利という形勢だった。そこでトイレに立ったら、しばらくしてSさんもやってきた。
 Sさん「おまえ勝つよな」。
 小島「大丈夫」。
 Sさん「Kさんは厳しいけど、俺が勝てば(チームは)勝ちだよな」。
 小島「頑張って」。
 Sさん「任しとけ」。
 トイレでお互いに気合を注入した。本来、将棋の話をしてはいけないが、まあ若気の至りで勘弁願いたい。
 
 Kさんが敗れ、私が慎重に寄せて1勝1敗で優勝の行方は大将戦にかかることになった。Sさんが有利から優勢になったが、折立さんに端に銀を捨てるすごい勝負手が出る。Sさんの顔色が変わった。
 追い込まれてぎりぎりの戦いとなったが、Sさんの終盤は強い(どうしてあの序中盤で有利になったかは不明だ)。逃げ切って勝利を収め、奇跡的な優勝である。人生2度目の大会優勝だったが、1回目は楽だったので嬉しさが全然違った。
 対局後、宴会があったはずだが、覚えがない。中学生は遠慮してくれということだったかもしれない。準優勝メンバー中心の宴はあまり盛り上がらなかったかもしれない。

 こうして代表権を獲得したCチームだが4月の西日本大会には折立さん、Nさん、Sさんの3人が出場した。優勝チームからはSさんだけだった。大会数日後、南口先生から代表を辞退してほしいとの連絡を受けて了解した。
 この件を以前に書いたら「そんなひどいこと許されるの」「信じられない」という意見をたくさん頂いた。自分としては当時、「ちょっと残念だな。でも先生の言うことは絶対だから。まあ、これからはいつでも代表になれるもんね」という気持ちだった。多くの人から同情を受けたが、逆にそれには驚いたものだ。
 いま埼玉県連でそういうことがあれば(そういえば今年はドラAとドラBの決勝だった)Cチームが100%出る。もし、私が南口先生の立場ならSさん、小島、折立さん(もしくはNさん)にすると思う(おそらくKさんは自ら辞退されている)。有望(?)な中学生を外すことは絶対ないと思う。
 これから明るい道が待っていると思っていた中学2年生。対抗戦は翌年出てあっさり敗退している。その後は対抗戦の予選に参加すらしていない。道はそんなに明るくなかった。人生は甘くないのだ。

 今年の支部名人・対抗戦とシニア名人戦の東・西日本大会は正式に中止となったという連絡を受けた。今年は全てドラの穴支部勢が代表となっており、応援(4月は天童開催の予定だった)に行こうと思っていただけに残念だ。林啓太君(対抗戦代表メンバー)の小学生名人戦東日本大会(7月18、19日)での活躍に期待したい。

 写真は先日行ったインドカレー屋。さいたま市では一番好きな店である。ちょっと高めだが、ほかの店とは一線を画していると思っている。
サティアム.JPG

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