ドラへの道⑪中学3年生・前編

 正確な時期は忘れたが、八木信蔵五段に南口教室で何回か教わった。八木さんはこの時から15~20年ほど前にアマ名人戦京都府代表となっている。70歳近いベテランで全盛期の力はなかったはずだが、さすがに私よりは上だった。香落ちで負け越した気がする。
 教室の人たちに「私が代表になった時は苦しい将棋がいくつかありました。優勝(代表)する時は悪い将棋を拾わないと難しい。諦めずに頑張らないといけない」とアドバイスされていた。私は苦しい将棋をあっさり負けていたら、勝率2割になってしまうので、「それはそうだ」と同感している。

 第27回アマ名人戦京都府予選が7月に行われ、ついに念願の2日目進出を果たした。相変わらず苦しい序中盤戦を続けていたが、パワーはだいぶついてきている。
 2日目は1局目でM四段に敗れてベスト16入りはならなかった。横歩取りから基本的な定跡を知らずに損をしてしまい、最後はあっさり土俵を割っている。失礼ながらM四段はそんな強豪でもなかったので、敗れた自分にちょっとがっかりした。
 知識不足の上に指し慣れていない戦いで勘どころをつかめていなかった。この頃はどんな戦型でも指している。もちろんそれぞれ指しこなせていたわけでなく、ただ単に得意戦法を持たず適当に指していた。この敗戦あたりから、戦法を絞るべきだと思うようになる。気が付くのが遅いけど、指摘してくれる人もいなかった。

 この年のアマ名人戦は元アマ名人の花園稔さんが決勝で69歳のベテラン山本留吉さんを破り優勝、両者が府代表となっている。花園さんは全国大会も制して11年ぶり2度目のアマ名人となった。ちなみに埼玉県代表は埼玉新聞入社などでお世話になった北川昻さんである。

 第2回京都少年王将戦が7月下旬に行われた。第1回が開催されてから小中学生(特に中学生)で指す子が増えてきている。やはり大会開催は大きな意味を持っている。
 洛星中、立命館中で将棋部がつくられ、充実した活動をしている。私も強くなっていたが、周りの中学生のレベルも急速に高くなってきた。ということが分かっていたので、前回とは違って、「負けたらどうしよう」というプレッシャーがかかった。生まれて初めての経験で、前夜はほとんど眠れない状態で大会に臨んでいる。
 会場の京都勤労福祉会館に着いて参加選手を見渡すと(高校選手権や小学生の部の選手もいたが)、「なんだ、負けるわけないか」という気持ちがわいてきた。「何を悩んでたんだ。負ける可能性もなくはないが、普通に指せば問題ないだろう」。急に肩の力が抜けた。
 参加数が増えたため7局指し、7連勝で連覇を果たしている。昨年は決勝の相手が飛・角落ちぐらいの手合で、あとは飛香落ちから四枚落ちぐらい。今回はそんな簡単では全くなかったが、まだ香と角落ちの間ぐらいの差はあったと思う。アマ名人戦や王将戦でも上に勝ち進むのは私ぐらいだった。
 決勝は洛星中のK君。お粗末な中盤で苦しくしたが、相手の拙攻もあり、最後は快勝だった。京都新聞に棋譜が載っており、だいぶたってから切り抜き(母がやってくれた)を見たりしたが、個人的には内容ゼロと断言する。
 準決勝で対戦して3位となったM君(立命館中)とは親しくなり、彼も南口教室に来たと思う(記憶がちょっとあいまい)。中3の後編にも登場する。
 小学生の部を制したのは小3の野間俊克君だった。野間さんはその後、南口先生の門下で奨励会へ入り三段まで進んだ。現在は指導棋士六段で京都新聞の観戦記者などを務めている。
 京都の指導棋士といえば、やはり南口先生の弟子だった中尾修七段が記憶に残っている(イケメンだったな)。南口先生の後を継いで京都新聞の観戦記を書かれている。高校選手権や小学生倉敷王将戦の取材に行くと、中尾さんや野間さんとよくお会いする。

 夏休みだったか。南口教室で知り合ったT兄弟(兄が京大生で将棋部員、弟が同い年)に連れられて京大将棋部にお邪魔した。部室は私が在籍していた早大将棋部の部室よりやや広め。ただ、何年か後に火事となった会館ごと全焼している。
 部員に何局か教わった。対戦相手とか結果はよく覚えていないが、ちょっと負け越しぐらいだったかと思う。いま考えることだが、大学生の方はどういうふうに覚えているのだろう。OB会で「あの時、部室に来た中学生は15年後にグランドチャンピオンになったらしいよ。あの時は弱かったけどね」なんて感じか。
 こんなことを書いていたら西日暮里将棋道場に東北から来た中学生2人組(T君とK君)を思い出した。もっとも2人は私の中学時とは全く比べられないぐらい強かったが…。
 対局していたら部室に数人が入ってきた。そこで和気あいあいの練習将棋が始まる。1人対3人で対局、しかも3人は相談しているではないか(助言というより明らかに相談将棋)。よく見たら1人の方は若島正さんだった。若島さんは大学3年で2年前にアマ名人戦の代表となっている。代表当時は観戦記に「京大で5本の指にも入らないのにと将棋部内では言われている」と書かれていたが、この時は押しも押されもせぬ学生強豪(もっとも詰将棋の方がずっと有名だが)だった。この年の12月の学生十傑戦では準優勝している(優勝は後のアマ名人である田中保さん)。あと、詰将棋の解答の方で名高いKさんが相談将棋を観戦していた。
 将棋の後は食事に連れていってもらい、Nさん(学生強豪、OBだったかも)らにご馳走になる。楽しそうな雰囲気が良かったので、京大将棋部に入りたいと思うようになった(かなわなかったけど)。

 写真がないので無理に捻出。文豪気取りの父は40歳手前かな。父の祖父が友禅屋だったので着物はたくさん持っていた。私は1着も持っていない。父からお下がりをもらうにもサイズが合わなかった。
父.JPG

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